エゴ

 

子供は誕生するか否かを選べない。

子供は親を選べない。

出生は親のエゴである。

 

私はそう思っている。

 

 

 

親が子供を育てられない場合、国が面倒をみる。

と国は国民に約束しているから、親になる条件は不要である。

 

人生において親の影響は大きいけれど、

私が私になったことの全てが親の責任ではない。

 

私はそれを理解している。

 

 

 

他人が子供がもつことを問題とは思わない。

それが友人であれば、友人が喜んでいることに良かったねと思う。

赤ちゃんや小さい子供をかわいいなと思う。

 

 

でも、自分は子供をもちたいとは思わない。

私の人生に子供は不要である。

 

 

これは、反出生ではなくて、チャイルドフリーとなるようだけれど、

私が子供がもちたくない理由は、自分の幸せを追求したからなのか。

 

 

私は今幸せである。

私はこれからも幸せでいたい。

子供がいると親はもっと楽しくて幸せらしい。

 

私は私の子供に不幸を感じさせたくない。

世界が私の子供にとって優しい世界であるかは分からない。

私は私の子供を全てから守る自信がない。

私が守れなくても、他の誰かが私の子供を守ってくれるのか。

私が守れなくても、私の子は産まれて良かったと思うだろうか。

分からない。

 

産まれなければ、不幸を感じることはない。

私のもっと!の幸せのために、私の子供を産んでいいのか。

 

私は子供がいなくても今幸せである。

子供がいるともっと幸せかもしれないけれど、

子供を守れなければ、私は不幸になる。

私の子供が不幸を感じれば、私も不幸である。

 

 

他人の幸せは分からない。

私は他人も他人の子も救えない。

自分の子すら救えない私にできるはずがない。